イタリアひとり旅〜②日目〜
【2日目の朝、ホテルの窓からの眺め。地震がないからだろうか、建物はところどころに古くからの名残りがある。外窓は手動でただ閉めるだけの木製の扉、中のガラス戸は、建て付けが悪く、持ち上げ上のハマりを確認しなければ、きちんと閉まらない。こちらでは、それでも事足りるということなのだろう。】
2日目の朝、5時頃自然と目が覚めた。
残額の確認やガイドブックを広げたまま、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
飲み残した缶ビールを呑みながら、今後の予定をあらためて確認する。
想定外の1日目に気が動転していたが、考えてみれば、2日目以降は予定通りに遂行すれば問題ないのだ。
ハプニングにめちゃくちゃに同様して、危うく、2日目に取れていた宿までキャンセルするところだった。
宿を訪ねた際、
「明日の予約キャンセルできますか?」
の問いに、
「キャンセルできんわ。」
と、突き返してくれた宿の方に、感謝が尽きなかった。
初日と同じ轍を踏むところだ。あぶなかった。
向こうの都合とも思うのだが、何某かの因果がそうしてくれた気がしない訳でもない。
人間、イレギュラー過ぎる状況に直面すると、実にわけわかめな行動に出る。
日本語でまず通じる世界。
そこから交渉できる世界。
それらにあぐらをかいていたというか、他国では"通じない"ということを恐ろしいくらい実感した。
恥ずかしいくらい、この時は、それを面白がることもできなかった。
どんなこともおもしろいとしてしまいたいという自分が、いろんな懸念とそれによる不安で、四方八方に引っ張られ、ギリギリ形状を保っている。
そんな感じだった。
自分の知らない世界に飛び込むというのは、ものすごいエネルギーを要するとも知った。
総じて、余裕が無かった。
お恥ずかしい。
切羽詰まって、右往左往する私を、いつか微笑ましく振り返る日がくることを願う。
いままでもそうやって、清濁併せ呑んできた。
これからだって、きっと、そう。
絶望はいつだって滑稽だ。
今日はローマに1泊、次の日はポンペイの宿を1泊予約していて、それ以外は決めていなかった。
昨夜のような事態は、なんとしてでも避けたい。
加えて、ポンペイに近い主要都市のナポリは、治安があまりよくないと聞く。
ポンペイ近くのゲストハウスの口コミがとても良かったうえに比較的安価だったので、もう1泊、追加で予約をすることにした。
WiFiが部屋までギリギリ届くか届かないかな
ので、廊下に出たり入ったりしながら予約をする。
逃げ腰な選択だろうかとも思ったが、今回の旅の目的地でもあるので、2泊しても良いだろう。
1日で満足できるとも限らない。
今夜を入れて3泊分の宿が取れ、だいぶ安心した。
チェックアウトの10時より少し前に部屋を出る。
受付の男性は昨晩と別の方だったが、キーと一緒に感謝のチップを渡してありがとうと伝え、ホステルを出た。
階段を降りていくと、下のホテルの黒人男性が受付前の掃除をしているところだった。
私を見とめると、
「ヘイ!ジャパニーズフレンズ!」
と笑顔で声を掛けてくれた。
上の階に泊まれたことを伝えると、よかったと笑ってくれ、ローマは美味しいものがたくさんあるから、たくさん食べて楽しんでねとジェスチャー混じりに応えてくれた。
この人がいなかったら、諦めからのマクドナルドor野宿だったかもしれない。
心の底からありがとうと言って、建物を後にする。
次にもしローマに来ることがあったら、彼のホテルに泊まろう、と思った。
この日予約しているホテルのチェックインは、13時半。
荷物を一度預けて出歩こうかと思ったが、昨晩のごたごたに加えて新たな頼み事をするのは気が引けたし、数時間なら耐えられるだろうとリュックを背負ったまま街へ出る。
ローマの主要都市テルミニ駅には、ローマの休日に出てくるスペイン広場、真実の口でお馴染みのコロッセオなどなど、有名で人気の観光スポットが多く点在している。
日曜日ということもあってか、街中、どこを歩いても人だらけで混雑していた。
スリが多いと聞いていたので、リュックは前に持つようにしていたが、危険と言われる地下鉄やバスには乗らず、大通りを歩いての移動なので途中から後ろに背負って歩いた。
ひったくり防止に、ミニサイズのショルダーの紐を短くたすきのようにして、その上からロングのダウンジャケットを羽織る。
その後も人気の無い細道や、車道近くを避けて歩くようにしていたら、特に怖い目には合わなかった。
初日からお財布に痛手を喰らったので、念の為少し換金しようと街中のExchangeの窓口へ。
街中には換金できるATMもあるのだが、スキミングなどの心配があるため、銀行内に併設されているものが安心らしい。
しかし、日曜日で銀行はおやすみ。
いざという時のデビットカードはあるし、市内の手数料はすごく高いとも聞いていたが、地方ではカードが使えなかったりもするそう。
背に腹はかえられない、と、100ユーロ換金した。
後から取引履歴を見たが、たしかに、高い。
これもひとつのお勉強代。
己の失念が産み出したものだ、仕方あるまい。
引き出す金銭も無いなんて状況を考えれば、遥かによいだろう。
地元の人が集まるというナヴォーナ広場まで行き、閉まっている店の前の石段に腰掛ける。
広場では、サングラスや傘、おもちゃなどを売っている路上の商店、似顔絵屋さん、風景画の販売などが点々と店を広げている。
観光客を引き連れたガイドさんが、中央の噴水前で解説をしていた。
ここも人が多いが、メインの観光地よりは穏やかな気がする。
歩いてきた通りで、大規模なマラソンとデモ行進のようなものがなされていて、圧倒された。
皆一様に身につけているロゴ"RACE FOR THE CURE"をあとで調べたら、イタリアで増えているという乳がんに対しての募金、啓蒙活動の団体らしかった。
テルミニの全人口集まっているのではという、ものすごい人数だった。
健康が、みんなの気持ちをひとつにする。
やさしい世界。
この日はとても晴れていて、陽射しが痛いくらいだった。
サングラスは絶対に必要だとガイドブックにあったのだが、実際に訪れてみて納得がいった。
日本の陽射しとは、強さも勿論だが、質が違う。
この力強い太陽だからこそ、イタリア産のトマトやレモンが美味しくなるのだろうな、と思った。
とはいえ、熱中症に気をつけねばと、こまめに水分補給をする。
ホテルの全客の置き土産にミネラルウォーターのペットボトルがあったので、軽くすすいで水道水を詰めてきた。
テルミニの街中には、公園の水道のような具合で水が出続けている不思議スポットが存在する。
そこで水を汲んで飲めるので、入れ物さえあれば飲み水には困らない。
水があれば、そうそう死に至ることもない。
己のサバイバル機転精神に、改めて感謝である。
必須と書かれていたサングラスをうっかり忘れてしまい、現地で買えばいいじゃん等と能天気に思っていたが先のアクシデントがあったため、本当にないと駄目無理というモノ以外は慎むこととする。
幸い、明日以降はくもりや雨の予報なので、今日を乗り切れれば陽射し問題も解決するだろう。
ナヴォーナ広場でパフォーマンスでもして小銭を稼ごうかとも思ったのだが、大きめの荷物の安全を確保しつつ見せ物をするというのは、なかなかに厳しい。
とりあえず下見をして、宿にチェックインを済ませたらまた来ればよいだろうと、日陰でしばし休憩したのち、宿へと向かった。
チェックインの申告時間を5分過ぎただけでも違約金を取られる宿もあるらしいので、はやめはやめに行動する。
少し寒いような気がして、出発日家に出戻り、スカジャンからロングのダウンジャケットに着替えてきてよかった。
夜の肌寒さもそうだが、日中の陽射しもこれで防ぐことができる。
昨晩、イヤというほど彷徨った通りを、今度は目的地へ向かって、迷いなく歩いていく。
右も左もわからないなにかに初めて挑戦するというのは、うまいことやるなどの以前に、論外の失態だらけで、ひどくみっともなくもある。
当たり前だと思っている二足歩行も、言語習得もトイレも、実はそういう、途方もないトライアンドエラーの土台のもと成り立っている。
普段は、自分がひどく無知であったことを思い出せないので、同様の人を見て、なにをやっているんだろうかと、あまつさえ蔑んだり、嘲笑してしまう。
でも、誰しも始まりは不恰好で、それらを顧みない努力をして、ここまで到達しているのだ。
同じように何かを習得しようと足掻く者を嗤うというのは、自身の過程を嗤うのと同義で、筋違いである。
宇宙の歴史から見てみれば、己が無知だった赤子の時分も、目の前の比較対象も、大して変わりはないはずだ。
新しいことへのチャレンジにも同じようにリスクは伴うが、講習など手助けが前提の教授となると、ある程度、形が整った歩みになる。
なんとかせねばという窮地に追いやられた状況で、醜態を晒しながら、もう一度、忘れていた初心を思い知る。
海外仕様のWiFi契約をせずに来たのは、そういう目的もあった。
今ある力量を試すというのとは少し違うが、持ち合わせているものを総動員して、どこまでやれるのか、絶望も含め、味わってみたかった。
それにしても初日の諸々は、正直心底勘弁してくれレベルのトラブルであったが。
それでも、なんとかなったのだ。
これから先、帰国後も含め、多少の難が生じても、昨夜に比べれば大したことはないだろう。
宿近くに到着し、すこし時間に余裕があったので、ビールでも呑もうとミニマーケットへ入る。
日本でいうコンビニのような感じで、イタリアにはあらゆるところにミニマーケットという売店がある。
入り口のドアはなく、日用品、スナック菓子に飲料、お土産なども売っている。
スーパーマーケットはまた別途あるのだが、比べて小規模で、夜も遅くまで開いているところがほとんど。
イタリアでは挨拶が基本ということで、店員さんにボンジョルノと言って店内へ入る。
先に店内にいたお客と思しきおじさまが軽快な挨拶をかまし、イタリア語で畳み掛けるようになにか言ってきた。
イタリア語はわからないのですと身振り手振り交えて伝え、辛うじて日本からきたことは伝わったようだった。
飲料の入っている冷蔵庫前で、なにか話してきている。
ソフトドリンク、いわゆるノンアルコールジュースのことを、イタリア語ではスーコというらしい。
ビールはビッラだと調べて知っていたが、ひとつ勉強になった。
どうやら、一杯奢ってくれる模様。
すぐ近くとはいえ、チェックインまであと10分程だったので、ご馳走になっても、お話相手できる時間はたいして無い。
申し訳なくなる先を見越して、大丈夫ですと自分で大瓶のビールを購入すると、残念だなあといった素振りをし、あなたは美しいと褒めたくってくれた。
これが、噂に聞くイタリア人のナンパ。
ありがとうございますと笑顔で返す。
じゃあね!君はかわいいね!と言いながら、私と逆の道へ歩いていかれた。
サッパリとしたその立ち去り方は、非常に清々しかった。
悪い気はしない。
寧ろハッピーな気持ちになる。
誘いを断ったら態度を豹変させる日本人のナンパ師や男性諸君には、是非とも見習っていただきたい。
恋愛をはじめ、営業販売などでもよくあることだが、承諾を得られなかった相手に対して不貞腐れる当て付けのような行為は、どこまでもマイナスである。
今回は難しかったかもしれないけれど、この対話で感じがよいなと思ってもらえれば、今後、次の機会での成果率は0%ではなくなるはずだ。
いわゆる口コミのように、だれかに話してくれる可能性だってある。
なにより、思い通りにならない現状を、一方的になんでだよと文句を垂れても、自分にも相手にもただただストレスで、人生に於いて好ましく無い一分一秒だろう。
自分のこだわりなど手放して、今をうまいこと調理する方法なんて、いくらでもある。
どうしてそれに気付かず、自らの首を絞めるようなことをするのだろうか。
我を忘れる程の恋愛ならば尚の事、もっと大きな視点で、今世の終わり、その先の来世くらいまで見越してみたらよいのに。
そう簡単にいかないのが色恋なのだろうけれど。
ともかく、時間や物事に対して、エンドラインや結論を付けるというのは総じてネガティブで、どこか広がりのない息苦しさがある。
可能性は、形を決めずに、自由に泳がせておく方がよい。
思想や想念も、自然の摂理に沿ったものが好ましいのだなと、最近頻繁に思う。
時間通りにホテルへチェックインし、受付の男性から、
「昨日はどこかに泊まれたの?」
と聞かれた為、無事近くに泊まれましたと言うと、よかったと笑顔で返してくれた。
昨日泊めてくれなかったのは、悪気があった訳ではない。
皆、各々の都合があるのだ。
泊めてもらえなかったことを恨むような気持ちは1ミリもないが、断られるという行為は、応対含め自分の何某かが良くなかったのかなと心配になってしまう。
いわゆる取り越し苦労で、答え合わせの出来ない不毛な思考と分かっていながら、本能的にそういう思いが浮かんできてしまうのも事実。
その他の不安が多かったこともあり、自分で折り合いをつけられなかったが、男性の笑顔を見て、ようやく払拭できた。
最もらしい事を並べておきながら、自分の心の舵取りは、まだまだうまくはいかないようだ。
部屋の使い勝手やチェックアウトの仕方などを一通り教わり、荷物をおろし、ベッドに横になる。
昨日の疲れがまだ抜け切っていないのと、慣れない陽射しのもと3時間近く歩いたのが堪えたのか、上着も羽織ったままぐったりだった。
行きのフライトの疲労も、多少残っていたのだろう。
女性専用のゲストハウスで、私の部屋は2段ベットが2台の合計4名部屋。
私は入って左手の下段が割り当てられた。
お手洗いとシャワールームは部屋の外、共用部にふたつあり、冷蔵庫やキッチンも自由に使える。
初日の宿もそうだったが、こちらではユニットバスが基本のよう。
シャワーを浴びなくてはと思いつつ、身体が鉛のようで言うことを聞かない。
私がチェックインした時、向かいのベッド上段に女の子がいて、その後同じベッドの下段の子が入ってきて軽い挨拶をした。
昨日受付の奥から日本語で話し掛けてきてくれたアジア系の女の子は、この部屋にはいないようだった。
後から入ってきた子にエアコンかけてもいい?と聞かれ、いいよと伝える。
確かに日中は20度を超える暑さだったが、じっとしているとそこまで暑さはなく、エアコンはすこし肌寒くもあった。
動き出す気力もなかったので、身を捩りながら布団に潜り込む。
先の女の子が、気を遣ってかエアコンを切ってくれたので、ありがとうと伝えると、にこやかにyour welcome!と返してくれた。
いろいろとホッとして、そのままベッドで眠ってしまった。
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