気持ち良く生きる為には〜焼きラーメンとなすの揚げ浸し〜
部屋の掃除がすっかり日課になっている今日この頃。
掃除ついでに少しずつ整頓したり物を捨てたりもしている。
以前ゲオのレンタル落ちで購入したけど全然見つからなかったDVDも偶然出てきた。
掃除って、捨てるだけじゃなくて、出てきたりもするから不思議。
もともと持っていた物なので新たに手に入れた訳ではない。
でも持っているのを忘れていて新しい物を買ってきてしまう事を考えたら、実は同じような事なのかもしれない。
シンク下の整頓中、そろそろ買ってこなくちゃと思っていた食器用洗剤の詰め替えを見つけてハッとした。
もう買っていたのか。
そういえば安いと思ってドンキで買っておいたんだ。
同じく、この間新しく買ってきた食器用のアクリルスポンジの使いかけが発掘された。
恐らく生涯で使い果たせる品だったからよいものを、モノが違ったら大変な事だなと思った。
一生モノの消耗品などなかなかないし、あったとしても安くないだろうから、もし手に入れたのなら間違ってもうひとつ買うことはないだろう。
そりゃそうだが、なんだかなるほどと思ってしまう。
重複して買ってしまう原因として、安価で消耗する物というのがポイントなのだ。
安ければまとめ買いしてしまうし、日々使うモノであれば尚更そのうち使うしと思って容易に手を出してしまう。
果たして本当にそうなのだろうか。
人生の終わりが断言出来ない以上、この手に取る物使う物には、きちんと縁を感じて選び大切に使い果たしていきたい。
なんて。
わかっちゃいるけど、ついついね。
理想はいつも頭の中にあるけれど、それを実行できているかはまた別の話。
自分の考えも世間の常識も変わっていってしまうからね。
諸行無常ですね。
忘れん坊将軍の私なので、とりあえず一目で残量がわかる収納と、買い溜めやまとめ買いを控えてみています。
今ある物から、きちんとね。
とはいえなんとなく手に取るというのも、戸棚の奥から偶然発掘されるのもひとつの縁の形なのだろうと思わなくもない。
「猟奇的な彼女」の監督の映画、「更年奇的な彼女」。
前述の通り中古で買ってきて紛失していたのだが、CDの棚から発見された。
適応障害になり始めの頃、仕事を辞めて療養し始めたが何をしていいのか分からず、逆に何もしないことが不安で仕方なかった。
仕事をしない生活って皆いいなあって言うけれど、いざ我が身となると、これがなかなか戸惑いしかない。
私は仕事が好きだったし働かざる物喰うべからず的な腹づもりが根底にあったので、尚更、動揺しかなかった。
かといって頑張って出掛けたりすると突然症状が悪化して、しばらく寝込んでしまう。
そんな中で、映画鑑賞は時間を埋める、気を紛らわすのに一番良い趣味だった。
何を観ようかと思った時、心に負担の無いものが良いと思った。
コメディとかアニメとか、そういう類いのものが好ましかった。
妖怪ウォッチのDVD23枚まとめ買いしたのもこの頃。
3枚1000円のレンタル落ちの棚でパパッと選んで買った。
正直期待していなかったのだが、意外と面白くてびっくりした。
「猟奇的な彼女」もこの映画を観た後借りてきて観たのだが、私はこっちの方が好きだった。
シリアスな場面でも少し滑稽だったり、奇跡的な場面にツッコミを入れたくなったり、それぞれがまことしやか過ぎないのが観ていて疲れない。
映画もライブも、俺が俺が!が過ぎると息が詰まるので観てる方はつらいんだよね。
個性はあっても、押し付けがまし過ぎるのは考えものである。
もちろん更年期ではないけれど、私も生理前の心的症状が酷かった時期があったのでわかりみが深かった。
医者に通っての治療方もあるけれど、結局のところ生活の基盤がガタついていたり、身近な人間が実は好ましく無い影響を与えていたり。
大きな原因は自分の中にあることが多い。
勿論体質もあるんだろうけど。
私は現在すっかり穏やかに過ごせるようになった。
体質だったのか、環境のせいだったのか、その両方だったのか。
今となっては分からないが、人は好ましく無い状況を脱するために自ら変わる事ができるのだと実感している。
この映画の主人公もいわゆるメンヘラなのだが、結末は自分自身が呼び寄せたのだろうなと思った。
周りにいくら大きなチャンスや助けが流れてきたとしても、本人がその手を取らなければ一生変わらない。
恋愛って情もあるから、脱却するのは難しいんだけどね。
いや、でも難しくない。
情に絆されて"でも"と"だって"を繰り返す様なら、それは紛れもなく悪しき癌だ。
結局は相手やなにかの所為にして、寂しさを紛らわしていたいだけなのだ。
もがいている本人には分からないし、本人にしか分からない世界なのだから別に無理して離れる必要もないとは思う。
でもその先に、明るい未来、朗らかな未来はないんじゃないかな。
なんで私だけ苦しいのよと思っている、全てのメンヘラさんに観て欲しい映画。
云々置いといても、普通に恋愛モノとしてグッとくる映画です。
激安袋麺を美味しく食べようチャレンジ第二弾。
焼きラーメンにしてみました。
にんにくと野菜、豚肉を炒めて塩胡椒をし、規定の半分の時間茹でた麺をザルにあげてIN。
この時茹でたお湯を取っておいて、炒める際に少し足す。
付属のスープの素を味見しながら入れて混ぜたら完成。
やきそばっぽく青のりかけてみました。
ちょっと麺が絡まってべちゃっとしちゃった。
やきそばも水っぽくなりがちなんだよね。
火力の問題か。
お湯を入れる前に油を足して、麺をコーティングしながら強めに炒めた方が良いのかもしれない。
次はおこげを作るつもりでやってみよう。
少し残ったスープの素をお湯とだしの素、にんにく、乾燥わかめでスープにした。
うーん、こちらはやはり味がチープになっちゃうなあ。
麺を茹でたお湯で作ったからかな。
カップ麺のやきそば弁当の湯切りスープを思い出した。
とはいえ一食30円弱の袋麺でこれなら有りだわ。
また作りたい。
そして。
これだ。
今月の業務スーパーで買うべき逸品。
冷凍揚げなす。
今月はなんと、500g入り128円。
冷凍の揚げなすに、生姜すりおろし、酒大1、みりん大1、砂糖小半、醤油大1.5、ごま油少々を入れて軽く混ぜラップをして500wで3分チン。
なすの揚げ浸しの完成。
鬼うまい。
もう今月の副菜はこれに決まり。
私のレシピは少し醤油強めになっています。
いつも大きめのスプーンでざっくり入れてる。
冷ますと味が染みてより美味しです。
菩薩が揚げなす好きで業務スーパーで買うって言ってたけど、今回買って納得した。
次のビールの日のおつまみはコレでいこう。
皆様も是非一度お試しあれ。
さっきの恋愛こじらせ話じゃないけど、言い訳を口にするようなら、その物事や人、自分自身を見直す必要があると思っている。
私自身、"仕事ならば我慢するけれど"という考え方が染み付いている事につい数日前に気が付いた。
ああ、だから仕事に足を取られたのだなと思った。
人は一部の人間を除いて、基本的に働かなければ生きていけない。
やらなければいけない事というのは、どんな事でも嫌々になりがちである。
学校で特に興味もないお勉強を強いられてきたのが根本にあるのかなと思ったりもする。
そもそも働く=生きていくためのお金を稼ぐ方法であって、余程のことがなければその道は一つこっきりではない筈だ。
ここしかないからと文句を垂れるのは、自分がそれ以外の道を閉ざしているに過ぎない。
私も知らず知らずのうちに、自分で自分に癌を植え付けていたのだ。
私の好きな名取芳彦住職が、
「こころの天気は自分で晴らす」
と描かれているが、本当にそうだよなと思う。
やらなければならないこと、好ましくない事柄に、いかに心囚われずに生きていくか。
超えられないハードルを前に、ぐだぐだ文句を垂れ続けているほど、人生は暇じゃない。
さっさと他の道を行くか、潜り抜けるか、横をぐるりと回り込むか。
そうやって諦めや知恵でどうしようもない物事をどうにかするのは、充実した人生に必要不可欠なことだと思う。
折角なら、やらなければならない仕事、食事や入浴でさえも、快くこなしてなんなら楽しんで生きていきたい。
と、思う。
思うのは自由なので、私は毎日毎日考えるし述べていく。
今日もそんな感じでした。
高円寺の商店街でまたしてもダムダム団鈴木さんに遭遇、声を掛けられた。
私は全然気付かなかった。
こちら側から気付く日は訪れるのだろうか。
なんかオシャレなコーヒーみたいなのを片手に話しかけられて、酒じゃないので新鮮だった。
世間は休日ですわよね。
鈴木さんが
「ほうれん草のお浸しににんにくと豆板醤をかけると家系ラーメンの味がする」
と提唱し続けているのだが、別の方がTwitterで
「焼き海苔ににんにくチューブで家系ラーメンの味になる」
と呟いてバズっていましたと報告した。
あとでメンバー全員にURL送っておいた。
鈴木さんにも是非頑張ってバズって戴きたいですね。
かしこ。
おやすみなさい。
0コメント